AGC Research Report 70(2020)

Developments in fluorinated materials for high-frequency, high-speed, printed circuit boards

高速高周波用フッ素系プリント基板用材料の開発動向

細田朋也*
Tomoya Hosoda*

*AGC株式会社 化学品カンパニー 応用商品開発部 複合材料開発室

 5Gチップでは、デジタル信号処理が主体のモデムだけでなく、アナログ信号処理によるRF回路を搭載するトランシーバーやアンテナを含むRFフロントエンドモジュールの開発が加速している。このような状況下、プリント基板用材料では、高周波信号の伝送損失が小さい低損失材料が注目を浴びている。低損失材料の中でもフッ素系材料、特にフッ素樹脂が比誘電率と誘電正接が小さい材料として知られている。しかし従来のフッ素樹脂はその不活性な性質から、他材料との接着、分散などの複合化が困難であり、回路基板としては一部の用途への適用に限られていた。

 このような中で、AGCでは独自のフッ素樹脂設計技術により、接着性や分散性を有するフッ素樹脂、<Fluon+ EA-2000>を開発した。本材料の特徴を活かし、従来の回路基板材料と多様な形で複合化することにより、フッ素樹脂の電気特性と従来材料の機械特性を補い合ったミリ波帯に適した基板材料が実現可能となる。

 本稿では、フッ素樹脂の一般的特性及びFluon+ EA-2000の回路基板への適用法とその性能について説明をする。またミリ波とは厳密には周波数30~300GHzの電磁波であるが、本稿では28GHz帯もミリ波として取り扱うこととする。

Development of the 5G tip has accelerated not only digital signal processing but also theRF front end module, which includes a transceiver and antenna equipped with a RF circuit for analog signal processing. Under these circumstances, research now focuses on the materials for printed circuit boards that currently suffer from transmission loss at high frequencies. Fluorine resins in particular are known to have low dielectric constant and low dielectric tangent in low-loss materials. However, it was difficult to adhere with other materials and to form composite by dispersion, and conventional fluorine resins are limited to these applications because they are inert. Thus, AGC has developed the originally designed fluorine resin Fluon+ EA-2000, which is adhesive and dispersible. The composite substrate using EA-2000 is suitable for the millimeter-wave zone, which has the good mechanical properties of conventional materials and the good electrical properties of fluoro resin.

1. 緒言

 2019年4月に米国や韓国の一部で5G(第五世代移動通信)サービスが始まっており、特に目立つのは先陣を奪った韓国の普及の勢いである。韓国では2019年4月3日の一般向けサービス開始後、契約数が累計10万件に達したのはわずか1週間後、約1カ月かかった4GLTEの時の1/4という短期間だった。日本でも2020年春より5Gの商用サービスが始まった。また5Gスマホについては、2019年4月初頭では、中国Lenovoの「Moto 5G mod」と三星電子の「Galaxy S10 5G」だけであったが、直ぐにLG電子、OPPO、Huawei、Xiaomiが続いた。2020年春には三星電子では「GalaxyS20 Ultra」が話題となった。

 5Gではミリ波帯を利用するため、従来の基板では伝送損失や挿入損失が非常に大きくなる可能性が高い。5Gチップでは、デジタル信号処理が主体のモデムだけでなく、アナログ信号処理によるRF回路を搭載するトランシーバーやアンテナを含むRF (Radio frequency)フロントエンドモジュールも開発されており、28GHz帯や39GHz帯などのミリ波対応スマホではRF回路やアンテナの技術が重要であり1)、それに関わるプリント基板用材料も重要となってくる。特にプリント基板用材料の中でも高周波信号の伝送損失が小さい低損失材料が注目を浴びている。このような状況下、多くの基板メーカーが低損失材料の評価を行っており、低損失材料の中でもフッ素系材料、特にフッ素樹脂が比誘電率と誘電正接が小さい材料として知られている。

 一方でフッ素樹脂は機械特性の観点から、基板材料としての要求を満たすには、他材料との複合化が必須である。しかし従来のフッ素樹脂はその不活性な性質から、他材料との接着、分散などの複合化が困難であり、回路基板としては一部の用途への適用に限られていた。

 このような中で、AGCでは独自のフッ素樹脂設計技術により、接着性を有するフッ素樹脂、<Fluon+ EA-2000>を開発した。Fluon+ EA-2000はフッ素樹脂としての優れた電気特性、耐熱性を維持しつつ、その弱点であった他材料との接着性や分散性が付与されている。本材料の接着性や分散性を活かし、従来の回路基板材料と多様な形で複合化することにより、フッ素樹脂の電気特性と従来材料の機械特性を補い合ったミリ波帯に適した基板材料が実現可能となる。本稿では、フッ素樹脂の一般的特性及びFluon+ EA-2000の回路基板への適用法とその性能について説明をする。またミリ波とは厳密には波長1~10mm、周波数30~300GHzの電磁波であるが、本稿では28GHz帯もミリ波として取り扱うこととする。

2. 一般的なフッ素樹脂の特徴

 フッ素樹脂の種類としては、その高分子の中に含まれるフッ素原子の数による分類と、単独重合、共重合による分類の方法があり、それぞれ独自の性質が生じる2)。Table 1に主要なフッ素樹脂の種類を示す。最も初めに開発されたフッ素樹脂としては、1938年にPlunkett博士により発見されたポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が知られている。PTFEは極めて高い分子量を有することにより、溶融時の粘度が高く、熱可塑性樹脂と同様の溶融成形を適用することができない。この事実がPTFEの幅広い用途展開を妨げる最大の課題であった。成形性の問題点を克服することが求められ、溶融成形に適用可能な様々なフッ素樹脂が開発・工業化されることとなった。

Table. 1 Combination pattern

 フッ素樹脂の中でもプリント基板用材料として有望なものは、フッ素含有量が多いパーフルオロ樹脂である。フッ素含有量が多いと電気特性のみならず耐熱性も優れる。プリント基板用材料の設計指針としてリフロー耐熱性を有することが重要となってくる。リフロー耐熱性という観点ではパーフルオロ樹脂の中でもPTFEとテトラフルオロエチレンパーフルオロビニルエーテル共重合体(PFA)が好ましく、特にPFAはPTFEに匹敵する特性をもちながら、溶融成形が可能な樹脂であることから、用途として電線被覆や半導体製造製品関連部品に好適に使用されている3)

3. 高速高周波用プリント基板に求められる特性・要件

 技術革新や新材料への取り組みが比較的穏やかであった配線基板市場に変化が起きている。その背景として、5Gなどの次世代高速通信システムの到来により、高周波信号の伝送損失の小さい材料が市場に求められていると考えられる。例えば従来のガラスエポキシ樹脂をガラスエポキシに含浸させたFR-4ベースの樹脂材料から、フッ素樹脂(PTFE)をはじめ、液晶ポリマー(LCP)やモディファイドポリイミド(MPI)の製品化が加速している4)

 以前から高速伝送用途としては、フッ素樹脂からなる基板などが実用化されてきた。しかしフッ素樹脂に代表される低損失材料は金属箔や他基材との接着性が低く、且つ基板加工性など加工面でのハードルが高い。銅箔とフッ素樹脂との接着性確保のための加工処理などを含めた製造難易度やこれに伴う高コスト化が普及のネックになっている。よってこれまでフッ素樹脂の基板への適用は、ミリ波帯での衛星・アンテナ用途といった限定的なものであった。

 レーダー等にはプリント基板によるマイクロストリップアンテナが採用されているが、伝送損失がアンテナ利得の低下に大きく影響しアンテナの小型化を妨げる要因となるために、低損失なプリント基板の開発が活発に行われている。従来の基板では伝送損失や挿入損失が非常に大きくなる可能性が高い。5Gチップでは、デジタル信号処理が主体のモデムだけでなく、アナログ信号処理によるRF回路を搭載するトランシーバーやアンテナを含むRFフロントエンドモジュールも開発されており、28GHz帯や39GHz帯などのミリ波対応スマホではRF回路やアンテナの技術が重要であり1)、それに関わるプリント基板用材料も重要となってくる。特にプリント基板用材料中においても高周波信号の伝送損失が小さい低損失材料が注目を浴びている。

 低損失材料に求められる特性としては、特に誘電正接(tanδ)が重要である。回路基板等の伝送距離が短い場合にはtanδ≦0.0005が理想的で、アンテナ等の伝送距離が長い場合にはtanδ≦0.0002が理想的5)である。しかし、プリント基板の導体と絶縁層の線膨張係数(CTE)をマッチングさせ且つZ方向のCTEを小さくする絶縁層の設計は現状難しい状況であるといえる。

 このような状況下、多くの基板メーカーが低損失材料の評価を行っており、低損失材料の中でもフッ素樹脂が比誘電率と誘電正接が小さい材料として知られている(Fig. 1)6)

Fig. 1 Dielectric properties of various materials for printed circuit boards.(Based on the Nikkei Electronics, August 2017.)

 マイクロストリップアンテナ等の伝送損失は、誘電体損失と導体損失の複合要素に関係する。誘電体損失は誘電体で生じる電界によって発生する損失であり、比誘電率や誘電正接といった材料が持つ定数に依存する。一方で導体損失は導体を流れる電流に起因して発生する損失であり、導電率に依存し周波数の平行根に比例して増大する。これに加え表皮効果により高周波信号は導体の表面に電流が集中することから、誘電体と導体の表面粗さ(表面の凹凸)が大きいと伝送損失が増大する。この表面粗さに起因する損失も導体損失とみなして考える。従って、低伝送損失の実現には、できるだけ平坦性の高い銅箔(低粗度銅箔)が求められている。

 またリジッド基板において、誘電体損失の更なる低減のためには、誘電体としての寸法精度を高める目的で配合する材料であるガラスクロスも低誘電損失の特殊な素材が必須となる。これは単にプリント基板用材料の誘電正接などの低さのみで低伝送損失が完成する訳ではないことを意味している。

 一方、これまでのフッ素樹脂は、銅箔や他基材との接着性が低いために、銅箔の接着面の粗度が粗いものを使用しなければならなかった。このため、フッ素樹脂を用いる場合には導体損失をさらに下げることが困難であった。

 ミリ波レーダー向けで実績があるフッ素樹脂基板にも低粗度銅箔が使用できるようになると、導体損失がさらに低減でき、遠隔医療や先進運転支援システム(ADAS)で求められる低遅延への実現に向けた有力な材料となると考えられる。

4. 接着性・分散性に優れるフッ素樹脂<Fluon+ EA-2000>

 AGCでは2018年7月1日より「フッ素樹脂プラスアルファの価値と機能を提案」を旗印に、新たにFluon+ブランドを立ち上げた。Fluon+(フルオンプラス)はTable 2に示すように、6 つのカテゴリーからなり、それぞれフッ素樹脂の特徴を生かした価値と機能を提案している。AGCではFluon+のラインナップにおいて、5G対応が可能なフッ素樹脂として、耐熱性、電気特性などフッ素樹脂の優れた特性を維持しつつ、接着性・分散性をプラスした製品である「Fluon+ ADHESIVE」に分類されるフッ素樹脂Fluon+ EA-2000の開発に成功した。

Table 2 Fluon+ series, EA-2000 is categorized as Fluon+ ADHESIVE.

 EA-2000を用いたプリント基板は、優れた接着性を有することからTable 3に示すような低粗度銅箔を使用することが可能であるため(接着強度が0.8 kN/mを超えるため)、導体損失を下げることができ、結果として既存のフッ素樹脂を使用したプリント基板より伝送損失の低減を実現できる。また110GHz、室温での誘電特性も誘電率が2.01、誘電正接が0.001と極めて小さく、2.5GHzから110GHzまでの高周波領域まで誘電率、誘電正接の周波数依存性が極めて小さいことが特徴である(Fig. 2)。

Table 3. The adhesive strengths between copper foils and Fluon+ EA-2000.
Fig 2. Frequency dependence of dielectric properties using Fluon+ EA-2000.

5. <Fluon+ EA-2000>複合材料の検討

 現在、ポリイミド(PI)の低誘電率化、低誘電正接化、及び低吸水化を目的とした改質ポリイミド(MPI)の検討が盛んに行われている。PIは吸水率が大きいために温度・湿度によって比誘電率や誘電正接が変動するので、PIの低吸水化が求められている。市場では、PI中にPTFEのような汎用のフッ素樹脂を高充填することで低誘電率化、低誘電正接化を目的としたコンポジット型改質PI(CT-MPI)の開発が検討されている。またPIの両面にフッ素樹脂層を設けることで複層型改質PIの開発も行われている。

 ここでEA-2000の優れた他基材への分散性の事例として、EA-2000パウダーを用いたコンポジット型改質PI(CT-MPI)の開発について説明する。

 PI中にEA-2000を20 vol%添加したMPI(CTMPI-1)のSEM写真をFig. 3に示す。EA-2000はPI中に均一に分散し、樹脂のフィブリル化も観測されなかった。これに対し、PI中にPTFEを20 vol%添加して作製したMPI(CT-MPI-2)では得られたコンポジット中にPTFEの凝集体が観測された他(Fig. 4)、PTFEをPI中に分散させる際にPTFEのフィブリル化などが生じることが判明した。またEA-2000はPIに限らず、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂にも高分散が可能であるため、コンポジット型MPI以外にも高速・高周波用のボンディングシート及びカバーレイとしての適用も可能である。

 次にEA-2000層を用いた複層型改質PIの開発事例について説明する。PIとEA-2000を体積比1:1で混合した複合体(PI-EA-2000)についての誘電特性と温度依存性の関係をLCPと比較した(Fig. 5)。LCPはPIより低誘電正接の材料として知られているが、誘電正接の温度依存性が大きいという課題がある。PIEA-2000は、誘電率のみならず誘電正接の温度依存性が小さく、高温環境での電気特性の信頼性が要求される車載用ミリ波レーダー基板等の用途にも推奨できる。

Fig. 3 SEM image of CT-MPI-1 (PI+EA-2000)
Fig. 4 SEM image of CT-MPI-2 (PI+PTFE)
Fig. 5 Temperature dependence of the dielectric properties.

6. <Fluon+ EA-2000>複合材料の回路基板適用例

 複層型改質PIを回路基板に適用した例を示す。市販のモディファイドポリイミド(MPI)とEA-2000を体積比1:1で混合した複合体(MPI-EA)を用いると、既存の高速・高周波材料であるLCPに比べて28GHz帯における伝送損失を30%以上低減することができた(Fig. 6a)。

 一方、現在市場に投入されているMPIは高温・高湿条件下では伝送損失が著しく悪化する。これは前述のようにMPIは吸水率が高く、樹脂中の水分の影響によるものである。しかしながらMPI-EAを用いた場合、高温・高湿条件下でもLCPよりも伝送損失を小さくできることがわかった(Fig. 6b)。

Fig. 6 Transmission loss of MPI-EA, MPI and LCP. a) Standard conditions. b) High temperature and humidity conditions.
Line length was 50 mm. Coverlay and plating were not used. Condition a): Samples were treated for 2 hours at 100 。C and24 hours at 24 。C/50%RH (relative humidity). Condition b): Samples were treated for 2 hours at 100 。C and 72 hours at 85 。C/85%RH.

 また多層基板ではストリップラインによる構成が用いられることが多い。そこでMPI-EAを誘電体に用いた、ストリップラインにおける電界強度分布のシミュレーションを行った(Fig. 7)。誘電体内におけるシグナルとグラウンドにおいて、電界強度は信号線直下で最も強くなっていることが分かる。これはつまり、シグナル層に接する誘電体の誘電損失が、基板としての伝送損失に与える影響が大きいことを意味する。従って、信号直下に低損失材料であるEA-2000やこれを含む材料を配置する構成を取ることで、効果的に伝送損失の低減が可能である。

Fig. 7 Electric field distribution simulation of the stripline structure(28GHz)

7. まとめ

 本稿では、プリント基板用材料として他基材と複合化が可能なFluon+ EA-2000を紹介した。 EA-2000の接着性や分散性を生かすことで実現可能なEA-2000複合体は、改質PI(MPI)とした場合、その優れた低伝損特性により特にはスマートフォンなどのモバイル機器などに使用されるフレキシブル基板として好適である。今回紹介した技術以外でもリジット基板にも適用が可能なため、基地局、サーバー、車載用など様々なプリント基板に展開可能であり、この分野に貢献していきたいと考えている。

参考文献

  1. 日経エレクトロニクス P.23 2019年4月号、日経BP、東京
  2. 日本弗素樹脂工業会,"ふっ素樹脂ハンドブック" 改定13版,(2014)、日本弗素樹脂工業会、東京
  3. 西山大輔、細田朋也,""ふっ素樹脂 P.39(2019),"プラスチックス2019年プラスチック産業の展望",日刊工業出版、東京
  4. 電子デバイス産業新聞 第2348号 2019年5月30日
  5. 2019.2.14(株)JMS主催技術講演会「ミリ波と高周波材料の最新動向」 テーマ「ミリ波応用技術の最新動向」
  6. 日経エレクトロニクス P.39 2017年8月号,日経BP、東京