AGC Research Report 70(2020)

Development of a new route to 3-(difluoromethyl)-1-methyl-1H-pyrazole-4-carboxylic acid(DFPA) -A key building block for novel fungicides-

重要農薬中間体 3-(ジフルオロメチル)-1-メチル-1H-ピラゾール- 4-カルボン酸(DFPA)の新規合成法開発

凢洋輔*・石橋雄一郎*・澤口正紀*・河口聡史**・山崎祐輔*・清水翔太*・三宅徳顕***
Yosuke Ochi*, Yuichirou Ishibashi*, Masanori Sawaguchi*, Satoshi Kawaguchi**,Yusuke Yamazaki*, Shota Shimizu* and Noriaki Miyake***

*AGC株式会社 化学品カンパニー 有機化学開発室 精密合成G
**AGC株式会社 化学品カンパニー 有機化学開発室 有機合成G
***AGC株式会社 マルチマテリアル事業本部 技術部

3-(ジフルオロメチル)-1-メチル-1H-ピラゾール-4-カルボン酸(DFPA)は複数の新しいSDHI(succinate dehydrogenase inhibitors)殺菌剤を合成するための共通鍵中間体として近年世界的に需要が高まっている化合物である。このような背景のもと、我々はDFPAの新規合成法の開発に着手し、アセチルピラゾールの酸化を鍵反応とするDFPAの新規合成法を開発した。本稿では、これまで報告されたDFPAの主要な合成法とAGCが開発した新規合成法について紹介する。

3-(Difluoromethyl)-1-methyl-1H-pyrazole-4-carboxylic acid (DFPA) is a key intermediate in the synthesis of succinate dehydrogenase inhibitors, which are a new class of fungicides.Because several recently marketed compounds have the same DFPA scaffold, the global demand for this key intermediate is growing rapidly. We therefore started to develop an original synthetic route for DFPA. Numerous synthetic methods have already been reported for this material; in most conventional routes, DFPA is synthesized by hydrolysis of pyrazole ester(or nitrile). However, no report yet discusses the preparation of DFPA from an acetyl pyrazole. In this work, we therefore develop a new synthetic route based on using acetyl pyrazole as a key DFPA intermediate. We describe several major conventional routes and the new synthetic route of AGC.

1. 緒言

 近年、世界的農薬メーカーであるBayer Cropscience、BASF、Syngentaから複数の新しいSDHI(succinate dehydrogenase inhibitors)殺菌剤が開発され、上市されている。それらの殺菌剤に共通する構造として3-(ジフルオロメチル)-1-メチル-1H-ピラゾール-4-カルボン酸(DFPA)の骨格(Fig. 1)が用いられている。このため、DFPAは近年世界的に需要が高まっている化合物である。

 このような背景のもと、DFPAの合成法には注目が集まっており、数多くの報告がなされている(1)。本報では、これまで報告された主要な合成法について述べた後、AGCが開発したDFPAの新規合成法について、その開発の経緯や有用性などの特徴を中心に紹介する。

Fig. 1. Structural formula of DFPA.

2. 従来の合成法

2.1. ジフルオロ酢酸エチル(EDFA)使用ルート

 ジフルオロ酢酸エチル(EDFA)はテトラフルオロエチレン(TFE)から安価に大量合成されている化合物であり、本合成法はDFPAの合成法として最も一般的に使用されているものである。本ルートでは、まずEDFAと酢酸エチルをクライゼン縮合させた後、オルトギ酸トリエチルと縮合させてα,β-不飽和ケトン5を合成する。この不飽和ケトン5とメチルヒドラジンを反応させてピラゾール6を合成した後に、ピラゾール6のエステルを加水分解してDFPAを合成する(Scheme 1)。

Scheme 1. Use of EDFA

 本ルートの問題点として、メチルヒドラジンとの環化反応の際に位置異性体7が副生するという点が挙げられる。目的のピラゾール体を位置選択的に得る方法として、NaOH等の強塩基存在下に有機溶媒と水の2層系で反応を行う(2)(3)、メチルヒドラジンのNH2部分をケトンやアルデヒドで保護したヒドラゾン8,9を用いて反応を行う(4)(5)といった方法が報告されている(Scheme 2)。

Scheme 2. Regioselective cyclization

また、副生した位置異性体7を目的化合物6に異性化させて回収する方法(6)(7)も報告されている(Scheme 3)。

Scheme 3. Isomerization

2.2. ジフルオロ酢酸フルオリド(DFAF)使用ルート

 ジフルオロ酢酸フルオリド(DFAF)はTFEにエタノールを付加させたエチル1,1,2,2-テトラフルオロエチルエーテル(TFEEE)を触媒の存在下に熱分解することで安価に合成可能である。DFAFは常温で気体の化合物のため、熱分解で発生させたDFAFの粗ガスをそのままアミノアクリレート12に吹き込んでアシル化を行う。その後、メチルヒドラジンとの環化を行うことでピラゾール環6を合成する(Scheme 4)(8)(9)。DFAFは腐食性のある有毒なガスであり、取り扱いが難しい化合物ではあるが、アシル化からピラゾール環合成までをワンポットで行っている例も報告されており、EDFA使用ルートに比べて工程を短縮できるメリットがある。

Scheme 4. Use of DFAF

2.3. 1,1,2,2-テトラフルオロエチル-N,N-ジメチルアミン(TFEDMA)使用ルート

 1,1,2,2-テトラフルオロエチル-N,N-ジメチルアミン(TFEDMA)はTFEにジメチルアミンを付加させることで安価に合成できる化合物であり、アルコールや活性カルボニルの選択的なフッ素化に利用されている(10)

 本ルートではまずTFEDMAをBF3のようなルイス酸で活性化した後に、アミノアクリレート12と反応させ、そのままワンポットでメチルヒドラジンと環化させてピラゾール環6を合成する(Scheme 5)(11)。このルートでも反応をワンポットで行うことができるため、EDFAルートに比べて工程を短縮できるメリットがある。

Scheme 5. Use of TFEDMA

2.4. クロロジフルオロアセチルクロリド(CDFAC)使用ルート

 クロロジフルオロアセチルクロリド(CDFAC)はトリフルオロアセチルクロリド製造の途中工程で副生するR122を光酸化することで得られる。CDFACをケテンと反応させてケトエステル19を得た後、オルトギ酸トリエチルと縮合させ、メチルヒドラジンと環化させることでピラゾール環21を合成する。その後、CF2Cl基の塩素を選択的に還元することで目的のジフルオロメチルピラゾール6を合成する(Scheme 6)(12)

 EDFAの代わりに副生物から誘導されるCDFACを使用することでコストダウンを図った合成ルートとなっている。

Scheme 6. Use of CDFAC

2.5. ジクロロメチルピラゾールのフッ素化ルート

 ジクロロメチルピラゾール23を合成した後に、求核的フッ素化剤(Et3N-3HF、KF)でフッ素化する方法も報告されている(Scheme 7)(13)(14)(15)。アミノアクリレート12をジクロロアセチルクロリドでアシル化した後、メチルヒドラジンで環化してジクロロメチルピラゾール23を合成し、最後にフッ素化を行って目的物を得ている。

Scheme 7. Fluorination of the dichloromethyl pyrazole

3. AGC新規合成法

3.1. 開発の目的

 これまで紹介してきたように、従来の合成法の多くはピラゾールエステル(またはニトリル等)を加水分解することでDFPAを合成しており、アセチルピラゾールの酸化によるDFPAの合成は報告例が無かった。そこで我々は、アセチルピラゾールを鍵中間体としてその酸化によってDFPAを合成できれば、全く新規な合成法を開発できると考えて検討に着手した(Scheme 8)。

Scheme 8. Approaches to the preparation of DFPA

3.2. 概要

 上記の開発コンセプトを基に、我々は下記のようなDFPAの新規合成法を開発することができた(Scheme 9)(16)

 開発した新規合成ルートでは、各工程の反応がほぼ定量的に進行し、目的物のDFPAを非常に高い収率、純度で得ることができた。また、AGCが社内で保有している原料や技術(DFAF、クロロホルム、次亜塩素酸ナトリウム)を有効利用した合成ルートにすることができた。

Scheme 9. Preparation of DFPA using acetyl pyrazole

3.3. 各工程詳細

3.3.1. ジメチルアミノビニルメチルケトン(DMAB)合成工程

 本合成法の重要な原料であるジメチルアミノビニルメチルケトン(DMAB)は、塩化シアヌル27とジメチルホルムアミド(DMF)といった安価な原料から誘導できるゴールド試薬28を用いた新規な方法により合成した(17)。本合成法はワンポットでほぼ定量的に目的物が合成でき、スケールアップ容易な合成法とすることができた。

Scheme 10. Preparation of DMAB

3.3.2. ジフルオロアセチル化、環化工程

 DMABに対するDFAFによるジフルオロアセチル化では、クロロホルム中で塩基としてトリエチルアミンを用いることで定量的に目的物25が得られた。続くメチルヒドラジンとの環化工程では、5種類の異性体の副生によって収率の低下が見られたが、ジメチルアミンを添加することで環化の選択性が向上して収率良くアセチルピラゾール26が得られることを新たに見出した。少量副生する異性体は晶析で除去することができた。また、ジフルオロアセチル化、環化の2工程はワンポットで行うことができることも見出した。

Scheme 11. Difluoroacetylation and cyclization

3.3.3. アセチルピラゾールの酸化工程

 次亜塩素酸ナトリウムによるアセチルピラゾール26の酸化は非常に高い選択性で反応が進行し、目的物であるDFPAが99%以上の純度で得られた。また、この工程では目的物であるDFPAを相関移動触媒として少量添加することで反応がスムーズに進行することを見出した。

Scheme 12. Oxidation of acetyl pyrazole

3.4. 実験

3.4.1. ジメチルアミノビニルケトン(DMAB)合成

 空気雰囲気下、フラスコに、塩化シアヌル27(12.8g, 69mmol)、ジメチルホルムアミド(18.2g, 249mmol)を入れ、フラスコ内温60 ℃にてフラスコ内を2時間撹拌して、反応混合物が得られた。つぎに、フラスコ内温を25 ℃に保持し、フラスコ内を撹拌しながら、フラスコにナトリウムメ卜キシド(11.4g, 211mmol)を加え、そのまま2時間保持した。つぎにフラスコ内温を25 ℃に保持し、フラスコ内を撹拌しながら、フラスコにアセトン(36.3g, 625mmol)を入れ、そのまま90 ℃にて5時間反応させた。フラスコ内容物を分析した結果、ジメチルアミノビニルケトン(DMAB)が、塩化シアヌル27を基準として収率97%で生成していることを確認した。

3.4.2. ジフルオロアセチル化

 窒素雰囲気下、反応器にDMAB(316g, 2793mmol)とトリエチルアミン(203g, 2009mmol)とクロロホルム(948ml)を仕込み、撹拌しながら内温を0℃に保持して、DFAF(278g, 2840mmol)を添加した。内温を-5 ℃~5 ℃に保持して、30分間撹拌後に反応液をNMRで分析した結果、目的物のジフルオロアセチル化体25が収率100%で生成していることを確認した。

3.4.3. 環化

 窒素雰囲気下、メチルヒドラジン(26.4g, 575mmol)とジメチルアミン50%水溶液(94g, 1046mmol)の混合液にクロロホルム(250ml)を加え、-40 ℃に冷却した。ジフルオロアセチル化工程で得られた反応液である、ジフルオロアセチル化体25(100g, 523mmol)とトリエチルアミンフッ化水素塩を含むクロロホルム溶液(410 g)をゆっくりと滴下し、-40 ℃で1時間撹拌した。0 ℃から10 ℃の間まで昇温後、水(260ml)を加えてから分液した。有機相をHPLCで定量した結果、目的のアセチルピラゾール26が収率93%で生成していることを確認した。

3.4.4. アセチルピラゾールの酸化

 空気雰囲気下、反応器にDFPA(10.2g, 57mmol)、水酸化ナトリウム(2.7g, 68mmol)、水(200 g)を順に加えて溶解させてから、13.75%次亜塩素酸ナトリウム水溶液(1016g, 1877mmol)を加えた。撹拌しながら、内温を20 ℃~30 ℃に保持しつつ、アセチルピラゾール26(100g, 569mmol)をクロロホルム(300ml)に溶解させた溶液を1時間かけて滴下して反応を実施した。滴下終了1時間後の反応液をNMRとHPLCにて分析した結果、アセチルピラゾール26の消失とDFPAの生成を確認した。反応液を分液して回収した水相に、10%亜硫酸ナトリウム水溶液(289g, 229mmol)を30 ℃以下に保持しながら加えた。次いで、次亜塩素酸ナトリウムが残存しないことを電位測定及びヨウ素デンプン反応で確認した後に、濃硫酸(114g, 1137mmol)を内温30 ℃以下に保持しながら加えた。液のpHが4以下になると白色固体が析出し、最終的には液のpHは1となった。析出した固体を濾別して回収し、水洗した後に乾燥した。乾燥した固体はHPLC分析の結果、純度99.9%のDFPAであり、その収率は97%であった。

4. 総括

 AGCの保有原料、技術を利用してアセチルピラゾールの酸化によるDFPAの新規合成法を開発した。本合成法は実用的でコスト競争力のある方法であり、本合成法を用いてDFPAの安定供給に貢献できることを期待したい。

参考文献

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  5. M. Dochnahl, M. Keil, R. Götz, WO2011054733
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  7. L. Wang, R. B. Sheth, WO2012019950
  8. S. Pazenok, L. Norbert, WO2009043444
  9. T. Zierke, V. Maywald, M. Rack, S. P. Smidt, M. Keil, B.Wolf, C. Koradin, WO2009133178
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  14. R. Lantzsch, S. Pazenok, F. Memmel, WO2005044804
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  16. 石橋雄一郎, 凢洋輔, 三宅徳顕, 山崎祐輔, 清水翔太,WO2016152886
  17. 山崎祐輔, 澤口正紀, 石橋雄一郎, WO2018074411