ミラノサローネから考える素材の未来 ── なぜ技術×デザインを重視するのか ミラノサローネから考える素材の未来 ── なぜ技術×デザインを重視するのか

Sep.18 2019

ミラノサローネから考える素材の未来 ── なぜ技術×デザインを重視するのか

毎年4月にイタリアで開催されるデザインイベント「ミラノデザインウィーク」。2015年より出展しているAGCは、ガラスを用いて「視覚」や「触覚」など、人の五感に訴えるインスタレーション作品を発表してきました。2019年はクリエイターパートナーにプロダクトデザイナーの鈴木啓太氏を迎え、ガラスとセラミックスを使用したインスタレーションに挑戦しています。

今回のAGC Hubでは、Business Insider Japanに掲載された鈴木啓太氏とのインタビューを紹介します。

クリエーションパートナーとしてAGCのミラノデザインウィークプロジェクトに参加した、プロダクトデザイナーの鈴木啓太氏(左)、AGC事業開拓部 事業創造グループ マネージャーの勝呂昭男氏(右)。

2019年4月、イタリア・ミラノで開催された世界最大規模のデザインの祭典「ミラノデザインウィーク2019」で披露された、とあるインスタレーションが大きな話題となった。タイトルは「Emergence of Form」(うまれるかたち)――。AGCのガラスの高度な加工技術と高機能セラミックス、パートナーに迎えたプロダクトデザイナー・鈴木啓太氏の卓越したクリエーションが融合した作品だ。


素材メーカーであるAGCがなぜ、ミラノデザインウィークでインスタレーションに挑むのか。素材メーカーとデザイナーが出会うとき、そこに未来への可能性が切り拓かれる。


鈴木氏と、プロジェクトメンバーのAGC事業開拓部 事業創造グループ マネージャーの勝呂昭男氏が語り合った。

高度なデザインを実現する素材の力を知ってもらいたい
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勝呂昭男(以下、勝呂) AGCは素材メーカーで、最終製品であるプロダクトを作っている企業ではありません。したがって、私たちの素材を世に出すためには、私たちの素材をお客様に選んでいただく必要があります。

例えば、ガラスが使われるプロダクトは、スマートフォンや車両のように高いデザイン性が求められます。AGCはそのような高度なデザインを実現するための素材を提供できる、ということをデザイナーに知ってもらいたい。それが、ミラノデザインウィークに出展する大きな理由の一つです。


私たちの素材を多くのデザイナーにも見ていただきたいとなると、ミラノデザインウィークはそれに最も適した場所だと思います。さらに、ただ製品や技術を展示するのではなく、クリエーションパートナーであるデザイナーの感性と技術をかけあわせて制作した作品を一緒にプレゼンテーションすることが、AGCにとって最高のアピールになると考えています。

AGCの勝呂昭男氏。2017年からプロジェクトメンバーを務めている。

優れた素材と技術で自然を再現したインスタレーション

プロダクトデザイナーとして、醤油差しからスマートフォン、鉄道車両まで、幅広い領域でデザインを手掛ける鈴木氏。今回、念願のAGCとのタッグが実現した。

鈴木啓太(以下、鈴木) 日本のデザイナーなら、ミラノデザインウィークを知らない人はまずいません。そのなかでも、AGCさんは2018年までに4回も出展していて、デザイン業界におけるブランドイメージはとても上がっているし、一緒にプロジェクトをやりたいと思うデザイナーも多いんです。今回のクリエーションパートナーが僕に決まったと聞いたときは、素直に「やった!」と思いました。AGCさんは最終製品を作る会社ではなく、素材と技術力に長けたB to Bの会社です。そこで、インスタレーションは「技術」をそのまま表現したものにしようと思いました。


今回の作品テーマは「Emergence of Form」(うまれるかたち)。ガラスとセラミックスを使って、自然を再現しようというのがコンセプトです。究極的な技術力というのは、自然に見えるということだ、というのが僕の考えなんです。

自然は古来より絵画の世界で最高のお手本とされてきました。これはデザインの世界でも同様です。その自然を技術の力で再現する。これは高い技術がないとできません。

大型のガラスを極限まで曲げることで、シャボン玉が生まれゆくさまを表現した。提供:AGC

デザイナーのアイデアを形にする、技術者としてのものづくり

勝呂 コンセプトである「自然の再現」にはとても驚かされました。私たち技術者は、まず自然を再現したいと思いません。ガラスを曲げるなら、お客様の設計通りの形に曲げたい、と思うんですね。


鈴木さんは、自然を再現するという数字では表すことが難しい目標を設定してくれました。私たちの常識とは違う価値観を持ち込むことで、普段のB to Bの仕事だけではたどり着けない素晴らしいアイデアと方向性を示してくれました。

セラミックスのオブジェ。緻密にシミュレーションした水面の波紋を3Dプリントし、釉薬をかけて焼成した。提供:AGC

会場内に設けられた製品展示コーナー。素材を手に取ってその技術を確かめることができる。提供:AGC

勝呂 また、鈴木さんは作品と私たちの製品とのつながりを見せるために、インスタレーションの近くに製品を展示してくれましたよね。作品コンセプトを切り口に、製品も一緒に見せるように設計されていることに驚きました。


鈴木 メディアの方も忙しいですから、ただ作品を見て終わらないように、製品展示へ向かう動線には気を配りました。デザイナーからすると、ミラノデザインウィークは時代のトレンドや流れを確認しにいく場所なんです。言い換えれば刺激を受けに行く場所ですね。


デザイナーは刺激を受ける素材があれば、それを何かデザインで活用できないかなと考えます。高い技術は様々な可能性を秘めているんです。


勝呂 そうですね、今回鈴木さんには私たちの技術に新しい可能性を与えてもらい、その中から新しい事業のヒントもあると思っています。

勝呂 最終製品を作っている会社ではないからこそ、鈴木さんがやりたいということに応えて技術力をアピールしたいという想いで制作に取り組みました。インスタレーションで使用しているガラスやセラミックスの中には、必ずしも私たちの製品としての規格を満たさないものもあります。そのまま販売してほしいと言われると、私たちとしては「本当にいいんですか?」と思うようなものも混ざっているわけです。


通常の私たちなら「規格を満たしているあちらのほうが綺麗ですよ」と言ってしまうかもしれない。でも、鈴木さんから「ガラスの表情はこっちの方がいい」と言われると、「そういう発想があるんだな」と驚きがあります。

AGCは5月24日から、今回のインスタレーションの帰国展を東京で開催予定だという。

完璧な製品を作る企業と一緒に、「完璧」の先の可能性を広げたい

鈴木 僕のなかで、今回のデザインには裏テーマがあったんです。それは日本企業が追求してきた価値の先にある可能性なのですが……。


勝呂 えっ、そんなものがあったんですか。


鈴木 黙っていてすいません(笑)。裏テーマというのは、ものづくりとクオリティの考え方なんです。日本企業の品質は完璧なんです。例えばほこりや傷が入ったガラスがダメというのは当たり前ですよね。でも、それこそが美しい、という価値観もあります。


20世紀は完璧を突き詰める時代でしたが、いまはもっと価値が多様になってきました。完璧の先にある、エモーショナルなものが求められています。

ガラスとセラミックス。異なる2つの素材を用いて、自然の美しさを表現した鈴木氏。世界中のデザイナーにとって、ミラノデザインウィークは時代の流れをキャッチできる刺激的な場所だという。

傷ひとつない綺麗なものができました、というコンセプトでインスタレーションを作っても誰も感動してくれません。AGCという完璧な製品が作れる企業と一緒に「完璧」の先にある可能性を見せる。


ヒントは今のヨーロッパでトレンドになっているクラフト感です。一つひとつ、違うような表情を見せる素材、製品に注目が集まっています。空前のクラフトブームと言っていいでしょう。


僕は完璧な製品が作れる日本企業だからこそ、素晴らしいクラフト感があるものができるということが見せたかったんです。


勝呂 そうだったんですね。私たちも誰も見たことがないものを作りたい、驚きを与えたい、という強い想いを持っています。コラボレーションをすることで、私たちの新たな価値を発見してもらえるのは嬉しいことです。新しい素材を開発していくことが、新しいデザインにつながるかもしれないという想いも強くなります。

AGCの3Dプリンター用のセラミックス造形材で作られた鋳型。インスタレーションでもその高い機能が活かされた。

これからの時代は本物のマテリアルが求められる

インスタレーション作品「Emergence of Form」。提供:AGC

鈴木 これからはマテリアルの時代です。もうフェイクのマテリアルは通用しません。消費者は大量生産、大量消費よりも本物を求めています。


本物のマテリアルを持っているのがAGCだと思うんです。それは人々の感情に作用するエモーショナルなもの。見た人が共感し、美しいと思えるものです。今回、作品を買いたいという人が出てきたのが最大の驚きであり、嬉しかったことですね。買うという気持ちは最大の共感の表れですからね。

会期中は多くのデザイナーや開発関係者が訪れ、賑わいを見せた。提供:AGC

勝呂 ミラノデザインウィークに参加することで、たくさんのヒントをもらうことができます。そういったプロジェクトに繰り返し挑戦できるというのは最高の経験です。会社としてはそのヒントを活かして、新たなニーズを発見し、実際のビジネスにどう活かすか、ということをしっかりと考えていきたいですね。


ミラノデザインウィークを終えてみて、あらためて今後も鈴木さんのような外部で活躍されている方々と協業していきたいと思いました。協業の先にいるのはお客様です。お客様にどのように感動を与えられるか。今回培った経験を今後に生かしていきたいですね。


ミラノデザインウィークという舞台に立つこと、そして外部デザイナーの視点を通すことで見えてくるAGCの可能性。素材としての完成度の高さと、技術力があるからこそ、より感性に訴えかけるという次のステップに進むことができる。社内外の知恵を活かしたAGCの挑戦は、これからも続く。


Business Insider Japan 掲載記事

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