ガラスといえば透明というイメージがあると思います。ガラスは数ある固体物質のなかでも成分が非常に均質であり、構造がランダムであるために等方的な性質をもっています。また無機材料であるため耐久性が高いという特徴もあることから、他の透明材料とは一線を画すものになっています。様々な元素の比率を変えて組成設計することで連続的に特性をチューニングすることができます。光学ガラスはこれらの特長を最大限に利用して開発されたガラス材料でレンズをはじめ様々な光学部品で使われています。

光学ガラスの構造と原理

ガラスの歴史は古く約5000年前には人類に使われていました。当初はその透き通った透明性や鮮やかな発色、光が当たった時の輝きから宝飾品として重宝されていました。このガラスの輝きや色は、ガラスのもつ透過性や屈折率といった性質によるものですが、光学ガラスはまさにこれらの特長を活かしたものです。光学ガラスにおいては、この透明性と屈折率が重要な指標となっていますのでこの2つの指標については後述します。

現在ではガラスの物性の理解も深まり、光学特性の指標以外にも高温でガラスを溶かす溶解性や軟化させた状態での成形性なども考慮して設計がされています。例えば、身のまわりにあるさまざまなガラス製品は、シリカ(SiO2)が主成分の珪砂(けいしゃ)と呼ばれる砂が主原料ですが、珪砂を熔かすのにはかなりの高温(1,700℃以上)が必要です。そこで、普通はソーダ灰(Na2CO3)を加えて熔ける温度を下げ、さらに水に溶けないガラスにするために成分に石灰(CaO)が加えられます。これが窓ガラスなどで普段目にすることが多いソーダライムガラスです。このようにガラスはシリカを主原料としつつ、他の元素を混ぜ合わせることで様々な特性を実現することができます。

原子レベルでみたガラスのネットワーク構造。
シリカはSi-Oの強固な共有結合をもっていますが、Naなどの添加物を加えることで共有結合が崩れて特性が変化します。ネットワーク構造中の原子の配列は結晶のような規則性がないランダム配置となっており、このような構造をアモルファス(非晶質)と呼びます。このためガラス中では光はどちらの方向に伝搬しても均質な結晶場となりますが、このような高い均質性は光学ガラス重要な特性の一つです。

指標1.透明性

ガラス越しに景色を見た場合、向こう側にあるものをクリアーに見ることができます。これは、すなわち物体を通過した可視光においてガラスが透明であるためです。可視光とは、電磁波の波長のうち、人間の目で認識できる範囲で通常380nm~780nmの範囲となります。光学分野ではさまざまな波長が用いられ、例えば殺菌では紫外光、センシングや光通信には近赤外光、サーモカメラ・ナイトビジョンカメラには遠赤外線が用いられます。光学ガラスが透明であるということは用途に応じた波長で高い透過率を持っているということです。

電磁波の波長と一般的な名称の分類。
光は電磁波の一種ですが、波長(電磁波の波の1周期の長さ)によって領域がわけられています。人の目が光として感度のある波長範囲はほぼ可視光と呼ばれる領域のみですが、光学ガラスやその加工品の扱う範囲はアプリケーションに応じてX線からマイクロ波を含む幅広い範囲となります。

ガラスの透明性は、使用される元素の成分によっても異なりますが、高い透明性を実現するには吸収と散乱を制御していくことも重要です。例えば、普通の窓ガラスは、組成中に鉄分などが含まれているため、透明といえども若干青みがかっています。これはガラス中の鉄イオンの吸収によるもので光学ガラスはではこのような不純物による吸収を減らすようにしています。また、ガラス内部にミクロンサイズでも異物が存在すると光がそこで散乱してしまいガラスの透明性は下がってしまいます。光学ガラスによっては添加物や析出物による吸収や散乱を積極的に利用するタイプのガラスもあります。

ガラスを光が透過する様子のイメージ。
ガラスに入射した光は、先ず表面で一部が反射され、残りが内部に侵入します。ガラス内を伝搬する途中で、もし光を吸収するような添加物が存在すると光吸収が生じ、さらに光を散乱する添加物や析出物が存在すると光散乱が生じます。反対側へ到達した光は、そこで再度一部の光が反射されて、残りの光が外部に透過光として出射していきます。

指標2.屈折率

ガラスの光学特性を示す指標のうち、屈折率は透明性と並んで最も基本的な物性です。ガラスの屈折率は組成によって決まり、その名の通り光の屈折角を決めるのはもちろんのこと、反射率や透過率も屈折率に依存しています。屈折率は、光とガラスの相互作用を示す最も基本的な特性であり、ガラスの光学的な振る舞いの基本となっています。
屈折率の異なるガラス硝材の一番身近な応用例は、カメラレンズユニットですが、最近では、高屈折率ガラスの高い光閉じ込め特性を利用したAR/MRグラス向けの光導波路基板などが商品化されています。

■ 屈折条件(空気⇒ガラス)

■ 屈折条件(ガラス⇒空気)

■ 全反射条件

異なる媒質間(ex. 空気、ガラス)を進行する光の屈折と、全反射。
光は空気からガラス内部へ進行する場合や、ガラス内部より空気中へ進行する場合、直進せず進行方向が変化し、この現象を屈折と呼びます。ある材料の屈折率は真空からその材料へ入射したときの角度変化の比で表され、屈折率が高い材料ほどその角度変化が大きくなります。屈折率が低い空気から高いガラスへ光が進行する場合、その界面に進入する角度(入射角)から界面から出射される角度(出射角=屈折角)は減少します。一方屈折率が高いガラスから低い空気へ進行する場合、出射角は増加します。屈折率が高いガラスから低い空気へ進行する場合、入射角が増加すると出射角が90°に達し空気に光が進入できなくなり、光は全反射されます。この全反射が起きる角度を臨界角と呼び、屈折率が高いガラスほど臨界角は小さくなり全反射される角度範囲が広がるため、光閉じ込め効果が高いと言えます。

光学ガラスの種類

光学ガラスは、用途に合わせて透明性と屈折率を最適化されたものが数多く設計・市販されていますが、その際、ガラス材料だけではなく、用途に応じた加工方法もセットで考えて選択する必要があります。

モールドプレス用ガラス

モールドプレスは主に非球面ガラスモールドレンズを量産するのに使われます。この製法は精密加工された金型に、ガラス材料(プリフォーム)を入れ、加熱して軟化させた後、 プレスをするため、ガラスモールドレンズとも呼ばれています。この用途に使われるガラス材料は、加熱してプレス成形をするという制約から、ガラス転移点(Tg)や軟化点(Ts)を低くした光学ガラスが使われています。また光学ガラスの光学特性を表す指標として、屈折率とアッベ(Abbe)数が重要となっています。レンズユニットは複数のレンズより構成され、各レンズの曲率だけでなくガラス材料の屈折率とアッベ数を組み合わせることによって高度な特性を実現しています。

モールドプレスで作製されたレンズ

リヒートプレス用ガラス

リヒートプレス用ガラスには、耐熱性や耐久性に優れた低膨張ホウケイ酸ガラス(CTE:33)を中心に使われています。プリフォーム材をプレス成型する点では精密モールドプレスと似ていますが、軟化点以上の温度域まで加熱し成形されるため、加工に対する制約が少なくより複雑な形状でも作製できます。

リヒートプレスで作製されたレンズ類

カルコゲナイドガラス

モールドプレス用に開発された、遠赤外線を透過するガラス材料です。シリコンやゲルマニウムのような材料も遠赤外線を透過しますが、量産性に優れたモールドプレス成型ができることが特徴です。

モールドプレスで作製されたカルコゲナイドガラスレンズ

ガラス微細加工

光学ガラス基板へエッチングやコーティングの加工を行い、レンズなどの機能を持たせたガラス素子です。微細加工技術を利用して、光学機能面が形成されるため、マイクロレンズアレイのような微細構造の作成に向いています。

ガラス微細加工例

高屈折率ガラス基板

AGCの高屈折率ガラス基板はAR/MRグラス向けに開発されたガラス材料で他の用途にも利用可能です。レンズ用ガラス材料とはことなりウェハのような薄い基板に加工されてから供給されます。このガラスはAR/MRグラスにおいてμディスプレイのような投影デバイスからの映像をガラス基板内に伝搬させる(導光板)機能があります。ガラス内部での光閉じ込め効果を高めるため(臨界角を小さくする)、高屈折率であること、高い透過率や高い平坦度をもっていることやウェアラブルデバイスであるために低比重(軽量化)も求められています。

高屈折率ガラス基板

IRカットフィルタ用ガラス

可視光では高い透過率を持ちながら、近赤外線領域で吸収を持つガラス材料です。見た目が青いためにブルーガラスとも呼ばれています。CMOSやCCDセンサーの前面に配置されており、人間の視感度とセンサーの視感度を合わせるために使われます。実際にカメラモジュールに組み込まれて使われる場合は、性能を高めるために光学多層膜と組み合わせて使われるのが一般的です。

IRカットフィルタ用ガラス基板の写真
(光学多層膜がコートされている基板は干渉色が見えています。)

光学ガラスの特性

光学ガラスの設計に使われる材料は、シリカ(SiO2)、酸化ホウ素(B2O3)、アルミナ(Al2O3)などの酸化物を中心に約50種類あります。設計段階では配合が考慮され、用途・加工方法に応じた開発を行っています。ガラスの原材料の組み合わせは無数にありますが、それぞれの材料の組み合わせによって実現される、屈折率、アッベ数、熱膨張係数、ガラス転移点、軟化点、耐候性などの性能はある程度予測できます。
実際は完全に予測通りにならないところや、さらに加工性まで考慮して作らないといけないところが難しいところでもあり、面白いところでもあります。特に光学ガラスの設計から製品開発においては下記の点に留意しています。

屈折率 屈折率:nは、ガラス中の光の速度をv、真空中の速度をcとすると、v = c / nの関係にあります。ガラスの光学特性を示す指標のうち、屈折率は最も基本的な物性です。光を閉じ込める臨界角を決めるほかに、反射率にも影響を与えます。屈折率は光の波長により変化しますが、代表してヘリウムのd線での波長 (587.6nm) における屈折率ndを例示する場合が多くみられます。
アッベ数 ガラスの屈折率は光の波長ごとに少しずつ異なる値を取り、波長変化による屈折率の変化ばらつきの度合い程度を分散といいます。分散の大小を表現するために用いられるのがアッベ数で(nd-1)/(nF-nC)が主に用いられます(F:486.1nm、C:656.3nm)。アッベ数が大きいほど分散が小さくなります。
ガラス転移点(Tg) 物質が、過冷却液体状態からガラス状態へと移ることを「ガラス転移」現象といい、ガラス転移が起こる温度をガラス転移温度(またはガラス転移点)と呼び、Tgで表します。約1013〜1014dPa・sの粘度に相当し、アニール(徐冷)する際の温度を決める目安とされています。
軟化点(Ts) ガラスの粘度が107.6dPa・sとなる温度を軟化点と呼び、この温度以上ではガラスは顕著に軟化変形しはじめます。工学的にはガラス成形をしやすい温度域になってきます。
比重 材料の単位体積当たりの質量を4℃の水の値で割った値で、例えばソーダライムガラスの場合では約2.5、石英ガラスであれば約2.2となり、ガラス組成によって変化します。光学ガラスでも軽量化が望まれるような用途では密度は低い方が望ましくなります。
熱膨張係数(CTE) 温度上昇による物体の長さや体積が膨張する割合を温度当たりで示したものです。 ガラスの場合一般的に20-300℃の範囲で測定されます。一般的な光学ガラスであれば、1~100x10-7/℃程度の値となります。
表面粗さ・表面精度 表面粗さ・面精度は、理想の表面形状に対する形状誤差を表す尺度の一種です。表面粗さは理想面に対する微視的な凹凸の程度、面精度は理想面に対する最大誤差を波長単位で表します。理想面からのずれが大きくなると、光の散乱や波面収差などの影響がでてしまうため、波長より十分に小さいレベルに制御することが必要です。
耐候性 長時間、太陽光、紫外線、雨にさらされた際の耐性 (変形、変色、劣化等) に関する指標です。試験方法は用途や使用環境に応じて様々ありますが、ガラスは無機材料であるため、樹脂などの有機物に比べて高い耐候性示す傾向にあります。

適用領域1:レンズ

適用される製品

レンズはカメラ、プロジェクターなどのイメージングデバイスや、光通信、車載用カメラ、ヘッドランプ、センシングモジュールなど様々なアプリケーションに使われています。レンズは凸面では光を集光し凹面では光を発散しますがこのレンズの曲率に加えて、光学ガラスの屈折率、分散といった特性がレンズ性能を決定づけます。用途や使われる場所によって、サイズや材料、要求される形状や精度が異なってきますが、AGCでは光学ガラスのレンズで様々な製品を取り扱っており、幅広い分野で利用されています。

カメラ(一眼レフ、ミラーレス、ビデオカメラ、スマホ)
プロジェクター
車載カメラ
ヘッドランプ
ナイトビジョン
センシング
LiDAR

適用領域2:ガラス導光板

適用される製品

次世代ウェアラブルディスプレイでAR/MRグラスと呼ばれるデバイスが近年大きく注目されています。ARやMRはそれぞれAugmented Reality(拡張現実)、Mixed Reality(複合現実)の略であり、メガネ型のデバイスを目に装着することで現実世界にバーチャル映像を重ねて表示できるメガネ型ディスプレイのことを指します。このAR/MRグラスはハンズフリーで操作できる点などから、スマートフォンに代わる次世代デバイスとして期待されています。

AR/MR技術により私たちの生活を便利に、そして豊かにすることが期待されていますがAR/MRに求められる、AGCが提供するソリューションについてムービーにてご紹介しています。

このような仮想現実ディスプレイはメガネ内にマイクロディスプレイから出力された映像を着用者の眼まで導く導光板が使用されています。
AR/MRグラスに使われる導光板はTable に示したような複数の方式が提案されています。それぞれの方式にメリットデメリットがありますが、回折格子タイプは、AR/MRグラスを薄型化、軽量化する上でメリットがあります。

方式名 光取り出し部の
模式図
原理 メリット デメリット
反射ミラー 自由曲面反射面の傾斜配置 ハーフミラーで光を反射させる。
導光板中にハーフミラーを配置する構成もある
構成がシンプルで、映像のムラが少ない
色味の再現性が高い
薄型化・小型化がしにくい。
視野角を広げるためには厚みが厚くなりやすい
アイボックスを広げるためにはミラーを複数個設置する必要がある
体積ホログラム 体積ホログラムの平面配置 体積ホログラムで所定の角度に反射させる。 薄型化がしやすく、メガネのようなウェアラブルデバイスにしやすい。
光の取り出し部分が目立ちにくい。
高度な設計技術が必要。
ホログラム材料をサンドイッチするため、ガラスの使用枚数が増える。
他方式に比べ量産性に課題。
ミラー方式と比較して色味再現性の制御が難しい。
回折格子 ブレーズド回折素子の平面配置 導光板表面に形成された回折格子で所定の角度に回折させる。 薄型化がしやすく、メガネのようなウェアラブルデバイスにしやすい。
設計自由度が高く、また量産性に優れたプロセスで作製できる。
高度な設計技術が必要。
ミラー方式と比較して色味再現性の制御が難しい。